文楽人形 - 口アキ文七

【性根】
文楽を代表する主役級の首である。線の太い男性的な顔立ちで、しゃぐまを張った太い眉、かっとひらいた目、たくましい鼻が特徴的であるが、このかしらの性根をもっとも強く象徴しているのは、眉間に刻まれた隆起と、口角をぐっと下げ半びらきになった口元で、内面の苦悩を漂わせる。白塗りが定法の大振りの首で、上下に動くフキ眉のアオチ眉と左右に動くヨリ目、ヒキ目のしかけが、その性根をひときわ強調する。顎にしこりのある首をおもに敵役に使われるほか、かづらの種類により、時代・世話ともに幅広く使われる。
【役名例】
悪逆無道とみせかけ大恩ある主人のためにわが子を身替りにたてる『菅原伝授手習鑑』の松王丸、主君を殺しながらわが子の死を見て恩愛の涙を流す『絵本太功記』の光秀、『安宅関』の武蔵坊弁慶、『双蝶々曲輪日記』の濡髪長五郎など。薄卵では、『一谷嫩軍記』の熊谷次郎直実などがある。

 

文楽人形 - 検非違使

【性根】
端正な目鼻立ち、ぐっと真一文字に引き締まった口、温容のなかに聡明さと意志の強靭さをあらわしたこの首は、30代の男ざかりの実役が役どころで、白塗りが定法。文七と異なり、この首が敵役に使われることはない。動きのあるアオチ眉とヨリ目のかしらが中心。ほかにアオチ眉とネムリ目のものなど、仕掛けの有無のみならず、寸法、肉付きなどの違いから役柄も大名、武士、鎧武者、町人と幅広く使われるその性根をひときわ強調する。顎にしこりのある首をおもに敵役に使われるほか、かづらの種類により、時代・世話ともに幅広く使われる。
【役名例】
大振りで面長のアオチ眉とヨリ目のものは、『勧進帳』の富樫左衛門、『絵本太功記』の真柴久吉など。知謀に富んだ武将には、アオチ眉とヨリ目のいくぶん丸顔で『菅原伝授手習鑑』の梅王丸、『摂州合邦辻』の奴入平など身分の低い舎人の役や足軽に、アオチ眉とネムリ目の頬の痩せて愁いの影をもつものは由緒ただしい武士が浪人の身となって、のちに心底かわらぬ忠義を尽すような役どころや手負のものに使う。 『妹背山婦女庭訓』の芝六『絵本太功記』の清水長左衛門など。描き眉のネムリ目では、『寿式三番叟』の三番叟、『源平布引滝』の松波検校、『釣女』の大名に使う。

 

文楽人形 - 大団七

【性根】
時代ものの荒立役のかしらで、豪快な面魂をしている。主役と互角に対峙する役として登場する。険しく迫力のある眉間、太い鼻、鋭く大きい丸目、頬の肉付きも力強く、頬骨が角張ってグンと前に突き出ているのが特徴的である。曲は、ヨリ目、口アキ、アオチのフキ眉。団七には、大団七と小団七の2種類があるが、小団七は卵塗りが多く、アオチの仕掛けがなく描き眉で、口アキとネムリ目の2曲である。
【役名例】
『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛に使ったことからこの名称がついた。はじめは悪人とみえたが、のちに改心して善人に戻るという『義経千本桜』「すしや」の権太『新版歌祭文』「油屋飯椀」の勘六『義経千本桜』の武蔵坊弁慶『国性爺合戦』の和藤内に用いられる

 

文楽人形 - 老女形

【性根】
男の文七に対して、代表的な立女形のかしらである。特徴は、剃りあとの美しい青眉、情愛をたたえた黒い瞳、お歯黒にそめたきりりと引きしまった口元、しっとりと落ちついた中年女の色気と魅力にある。性根は、貞節、母性愛、自己犠牲など封建的な浄瑠璃の世界の女の典型である。塗色は白、動きはネムリ目。右唇に袂や手拭をくわえるための口針がついている。泣く演技をする際にこれを用いる。
【役名例】
『仮名手本忠臣蔵』の戸無瀬、『伽羅先代萩』の正岡、栄御前、世話物では『心中天網島』のおさん、『桂川連理柵』のお絹など。

 

文楽人形 - 娘

【性根】
年の頃なら15、6から20歳までの清純無垢の乙女のかしらで、お姫様から町娘、村娘まで、時代・世話をとわず、その身分、境遇、性格に応じてかづらや衣裳をかえることにより幅広くつかわれる。塗色は白、動きなし。老女形に比べ顎の肉付がこころもちふっくらして、前につき出ている。
【役名例】
『二人禿』の禿、『房駕』の禿など。ネムリ目の仕掛けをしたものには、『彦山権現誓助剣』のお園、『曽根崎心中』のお初など、心中ものの遊女の他、盲目や手負いの役柄に使う。